ウクレレ中級者になって見えてきた「練習の高度化」のお話

かつて、ウクレレ初心者だった頃の私は「練習のレベルが上がる」という事は「練習が高度化する」という意味で捉えていました。ですから次々とレベルを上げた譜面に挑む事で、

「その楽曲を演奏できるようになる=上達している」

という方程式を構築して1年間継続していた訳です。
これはこれで、間違っていなかったなと今でも思います。

ですが、これだと何処かで独学の壁にぶつかります。

ウクレレ練習もある程度のレベルになると「タブ譜にあることは、そこそこ演奏できます」という風になってきます。そうなると、これまでとは違うタイプの練習内容が求められる様になってきます。実はこの練習内容は1年目から触れている部分なのですが、より、演奏を高度化するには必要な練習の壁なのだなあと思っています。

さて、その前に「高度な演奏」ってなんでしょうか?

おそらくそれは例えばストロークをとると「その場にあった最適な音色を着実に出し続けること」だと思いますし、コードであれば「確実に運指を遂行し異音が混じらないこと」などになると思います。

つまり、そこに派手さは無くて「当たり前のことを、当たり前に延々と続けること」だと思います。でも、これって言うよりとんでもなくシビアな話です。

たとえば、ゴルフなんかが分かりやすい例ですが、100を切るくらいまでって「ミスがあるのは当然で、それをいかに抑えていくか」だと思うのですが、プロゴルファーレベルになると大会で優勝するには「ミスをしたら終わり」なわけで「トコトン安定していること」が求められます。そこに「逆転ホームランは無い」んですね。

「高度な練習に技術的な難解さは必要無い」と言うと誤解があるかもしれませんが、たとえば「かえるのうた」みたいな楽曲があったとして、これは素人でもプロでも演奏できますが、聴いてみればその1音1音のアウトプットが完全に違うものが出てくるはずです。

※「ド」を30回ストロークして、同じ長さ、明瞭さ、美しさをキープできますか?みたいな話になってくるのだろうなあと。

ですから「難解な譜面に挑むのです」と言うよりかは「基礎練だけど1つの音にトコトンこだわるのです」みたいな方向に進まない限りは「この人の演奏すごい」とは何を演奏してもならないのだろうなあと、最近は思います。

結論、現時点での練習の高度化は、完全に「1つの音に拘って演奏する」方向に進んでおり、こなす楽曲も妙に演奏の難易度は下がったりするのですが、その真剣度なんかは以前とは確実に違う段階に入っていて、ここがキツくもあり楽しくもある部分なのだろうなと。

昨今、そんな事を考えながら練習しているので記録に残しておきます。

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